« 2015年7月 | トップページ | 2015年9月 »

2015年8月

むすび通信132号(農哲3:農法)

2015.8.2発信)

 

本章(3章)では、私たちが実践する農法の一部をご紹介します。

 

しかし、私たちはこの農法が「正しい」とは考えていません。そしてこの農法を広めていこうとも考えていません。ひとつの事例として受け取ってください。そして実践してみたら、その時自分がどう感じたかを観察してください。そして忘れてください。

 

○成功

 

農業を始める時、多くの先輩方は様々なアドバイスをくれます。そしてアドバイス通りに作業したら、多くの場合は成功します。アドバイスは、過去の成功事例を教えてくれるからです。農法とは過去の成功事例です。

 

しかし、成功は人を弱くします。正確には、成功体験が人を弱くします。

 

人は、成功を体験すると、わざわざ別のことをして失敗することが怖くなります。しかし、農法は時と場所によって絶えず変化するものだと思います。100人の農家がいれば、100通りの農法があります。

 

成功は、意識を過去に縛り付けます。過去からの開放こそが、重要となります。その点、失敗は大丈夫です。同じ失敗を繰り返したいと思う人はあまりいません。同じ失敗を繰り返さないために何かを変えようとします。失敗は人を強くします。

 

○知識

 

新たに農業をはじめようとした時、農法を学ぶことは重要です。それは農業に限らず、新たなことを始める場合は、何らかの知識を習得します。しかし、知識は思考を助けますが、「感じる」ことを邪魔します。

知識は「外」から取り入れますが、本当の答えは「内」にあります。

 

なので、知識は忘れるために学びます。

 

学んだ知識は、自ら実践(行動)するための手助けをしてくれますが、その時、自分の内側でどのような変化が起きたかが重要となります。その内なる変化を感じるために、外から取り入れた知識を忘れます。

しかし、その知識が自分にとって本当に必要なモノならば、今度は自分の内側から「知恵」となって再浮上してきます。

 

自分の内から出てきた農法こそが、その時と場所にあった農法です。

 

(「農法」終わり。)

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

むすび通信1100号のURLです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

むすび通信131号(農哲2:法則②)

2015.7.20発信)

 

○流す(循環)

 

「無常」という言葉があります。「常(一定)であるものは何も無い」という意味です。

この世界のすべては流れています。変化し続けています。流れを止めることは、法則に反することになります。しかし、実際には流れが止まっている(ように見える)状況はたくさんあります。それは流れを堰き止めるモノが存在するからです。

 

硬板層(エゴ)がそうでした。そしてシンプルを目指すとは、流れを堰き止めているモノを取り除いていく行為です。執着を開放していくことで、流れが生まれます。しかし、「流す」と「流される」は違います。自ら選択し決断する行為が不可欠です。

 

自らの行動で流れを生み出すこと、すなわち「今、なすべきことをなす」ことが、「流す」ことです。目の前のことに集中し、今できることに全力で取り組むことです。しかし、現実は手が回らないことが多くて、それでも追い付かないことが多々あります。それでも、できる範囲でやりきれば、積み残しが出ても仕方ありません。「ページをめくる」ことに専念すれば、状況は絶えず変化していきます。

 

そして「行動」の原点は「与える」ことです。人の為に自らの命を使うことが、自分に戻り自らを輝かせることになります。「与える」連鎖が「循環」となります。

 

この世界のすべては循環しています。循環しないものはいずれ強制終了させられます。それは、発酵から腐敗に転じることでもあります。例えば、化石燃料など資源を消費するだけのエネルギー技術は循環しません。それは腐敗技術です。

 

自然界のすべては循環しますが、意識も循環します。意識の成長はいずれ元(原点)に戻ります。正確には循環ではなくスパイラルですね。いろんなことにチャレンジすることはとても大切ですが、いずれ基本が大切であることに気づきます。その基本の一つが日常です。日常の中に真の幸せがあります。

 

○バランスをとる(中庸)

 

プラスとマイナス、陰と陽などの相反する性質は、絶えずバランスをとっています。バランスが崩れると、それを戻す方向に力が働きます。例えば陽が強い環境においては、陰性の強い作物が育ち、秋(陰)になると実り(陽)ます。

 

バランスを崩そうと働きかける(作用)と、それに反発する力(反作用)が生まれます。バランスはバランスであり、「一定」であることとは違います。この世界のすべては振動して(ゆらいで)います。ゆらぐ(不安定だ)から戻そうという変化が生まれます。ゆらぎとバランスはセットです。

 

バランスの中心は、物理的な中心ではありません。両方の性質が同時に存在する点です。ゼロは「無い」のではなく、プラスとマイナスの両方の性質をもちます。無は有を含み、影は光によって生み出されます。片方だけでは存在しません。バランスの中心は中真であり中庸です。両方の性質を有し、全てがこの一点と繋がります。

 

全てと繋がる一点は「内」にあります。自分の意識を内に向けていくと、全ての答えはそこに有ります。そこと繋がれば、「全ての外」と繋がることも可能です。

答えを外に探しに行くと、中真から離れていくので、元に戻そうという力が働いて、心が苦しくなります。中真と繋がることでバランスが取れて、ゆらぎを楽しめる人生となります。

 

〇命の原点は矛盾点
 
この中真が矛盾点であり、命の原点です。命とはこの世界の存在全てを言います。
矛盾点とは、+と-、陰と陽、大と小、嬉しいと悲しい、有ると無い、生と死などの相反するものが結ばれるたった一点です。
どちらか一方では存在することができません、留めようとする力が反対の方に働くことによって存在出来ます。例えばボールを投げていつまでも落下せずに飛び続けるとその場から無くなってしまいます。これが素粒子レベルならバラバラになり存在出来ません。
このたった一点は相反するものが同時に存在しています。陰も陽も、喜びも悲しみ生も死もどちらも存在するため何もないように思えますが在ります。
そして全てが矛盾点から始まり引き戻され矛盾点に戻ってきます。
 
〇全ての本質は愛
 
この矛盾点には隔たりが有りません。善も悪も有りません。この命の原点の本質は愛だからです。愛の光は命を照らし影が出来ます。だから影は愛の光によって出来たもので元は愛の光です。
命の原点には隔たりが無く善も悪もなく、そしてたった1つの点なので孤独です。しかし全てと繋がっています。寂しくも無いのです。実は孤独は孤独では無いのです。
 
私たちは、全ての存在から「愛」を受け取り、「今」を生きています。

 

(「法則」終わり。)

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

むすび通信1100号のURLです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

むすび通信130号(農哲2:法則①)

2015.7.17発信)

 

2章の最後に「法則」という節を追加しようと思います。ここまで書いてきたことの総まとめ(1章はまだ完成していませんが)として書いてみます。

 

○相似形

 

この世界では、いくつかのパターン(型)が様々な場所で繰り返し出現します。小スケールでみられる現象が大スケールでも見られたり、自然界で起きていることが人間社会でも起きていたり、見える世界のしくみが見えない世界のしくみと同じであったりします。

 

例えば、太陽の周りを地球が回っている姿と、核の周りを電子がまわっている姿が同じであったり、木の全体の姿と、一部の枝を拡大した姿が同じであったりといった現象です。そして、このような現象を「相似形」と呼びます。

 

私たちは日々の農作業(自然と向き合う行為)から、いくつかのパターン(型)が存在することに気づきます。そしてその「型」は自分の身体や意識を観察していても存在していることに気づきます。いくつかの型の存在に気づいて世の中の景色を見てみると、随所で型が崩れていることにも気づきます。すると、その景色が本来はどのような姿であるべきだったのかもわかるようになってきます。

 

「型」はこの世界の「法則」でもあります。法則を知っているか知らないか、法則に沿った生き方をするのかしないのか、この両者には大きな違いが生まれます。

 

私たちは科学者ではないので、本書で述べてきたことが、科学的にどこまで解明されていることなのかは知りません。あくまでも私たちが日々観察している型の延長線上に、そのような世界が見えるという話です。私たちは実際に体験しているので、その内容を確信していますが、やはり「信じられない」という要素が含まれているようにも思います。

 

信じられるかどうかは、皆さん一人ひとりが自分で体験する以外にないと思います。そして自然界を観察することが一番効果的だと思いますが、「自分」という人間を観察することでも型は見えてきます。そしてそれは様々な仕事を通じても観察できるはずです。是非、自らの体験を通じて、本書の内容を理解してもらえるよう願っています。

 

○シンプル(あるがまま)

 

どこに「型」が埋もれているかを探り当てるためには、考え方も含めて、シンプルにしていくことが大切です。シンプルにしていくためには、余計なモノの存在に気づき、それをそぎ落としていく必要があります。これが結構大変ではありますが、これが全てです。シンプルを極めればすべてがわかります。

 

自然界は、いつも「あるがまま」の姿に戻ろうとします。あるがまま=シンプルです。それは、庖丁を研ぐと切れ味が鋭くなるように、本来の資質がストレートに表に出てきます。私たちにとって、それはオンリーワンの個性です。シンプルを目指すだけで、勝手に個性が浮かび上がり、切れ味鋭い個性となります。個性が光りだすと、自分が進む道も目の前に広がり、ナニモノかに背中を押されて、前に進みます。

誰がどこでそんなシナリオを書いているのか知りませんが、全てが仕組まれているような感覚になり、自分のなすべきことがベストのタイミングで目の前に現れるようになります。

 

そのすべての基本が、日常生活をシンプルにすることです。早寝早起きをする/正しい呼吸をする/整理整頓をする、そんな行為の積み重ね(継続)が、自分の根っこを広げることになり、自分の本当の姿を知ることとなります。

 

(以下、続く。)

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

むすび通信1100号のURLです。

http://musubi.air-nifty.com/blog/2014/06/100url-d6cc.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年7月 | トップページ | 2015年9月 »