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2015年7月

むすび通信129号(農哲2:電子と発酵③)

2015.7.16発信)

 

○呼吸

 

土中で発酵と腐敗のどちらに偏るかは、電子がスムーズに流れ続けているかどうかが大きなポイントの一つとなります。

1章で述べた硬板層の存在は、エネルギーの流れを遮断するものです。そこでエネルギーや水の流れが遮断され、滞留するためにその空間が腐敗となります。そしてそこに根っこの先端が触れると、その植物は電子を奪われて弱ります。

硬板層を破壊するために微生物を投入します。彼らの活動で土を多孔質にしていきます。すると空気(酸素)もしっかりと行き届くようになります。嫌気性の微生物も存在しますが、概ね微生物の活動には酸素が必要です。酸素が十分満たされると、発酵も進みます。

 

体内の発酵をスムーズに行うためには、心の硬板層を取り除き、エネルギーの流れをスムーズにすることが大切ですが、人体においても酸素が必要です。

酸素は呼吸によって体内に取り込みますが、通常の呼吸では十分な酸素が取り込めている状態ではありません。それは呼吸が浅いからです。細胞の隅々まで酸素をいきわたらすためには深い呼吸が必要ですが、その為には肺の中の空気を「吐ききる」ことです。吐ききれば後は勝手に空気は入ってきます。呼吸は「吐いて吸う」のが基本です。吐ききることを一日に数回意識して実行するだけでも、体内の発酵を助けます。

 

○イヤシロチ

 

自然界には電子の流れが存在します。電子の流れは、縦横斜めと様々な方向に流れています。そして複数の流れが重なると、そこは電子圧が高くなります。そのような土地をイヤシロチと呼びます。そしてその逆がケガレチです。

電子の流れがどこに存在するかは、地形を見ているとおおよそ見当が付きます。遠景と近景に相似形の地形を見つけたら、その頂点どうしをむすぶ線が、電子の流れる道です。

 

その流れは昔より変わることがなく、イヤシロチには神社などが建てられました。そしてその周りの森は、社寺林として守られてきました。なので、自然界で電子が生み出される発酵活動も守られてきました。

 

しかし近年、私たちの多くは、神社は「神様にお願いをしに行く場所」という勘違いをしています。神様にお願いをするという行為は、お願いしたい悩み事が自分の外に存在し、同じく外に存在する神さまに、それを何とかしてくれと言っていることです。問題は自分の外で起っているという錯覚は、「我良し」そして「腐敗」へと通じます。

このような参拝をすると、神社のエネルギーを取り込み(消費し)、一時気分が良くなったような錯覚が起きますが、現実は何も変わっていません。そして大勢の人間がこのような参拝を繰り返すと、イヤシロチの電子はどんどん消費され、そこはいずれイヤシロチではなくなります。

 

本来、参拝とは感謝を奉納する行為でした。そこにお参りに来られたことや、今を生かされていることに感謝します。そして感謝の奉納は、自分が生み出した電子を奉納するという事です。そのことで、その神社の電位はさらに高まり、その神社が守る地域の電位も向上し、地域全体が活性化してきます。

そして奉納した電子はいずれ自分に帰ってきます。

 

電子を奪うか電子を放出するか、この二つの行為は、とても似ていますが、自分を生かすか殺すかというくらいの違いとなります。

 

○イヤシロチ農法

 

私たちが目指す農法は、微生物の力を借りて、畑全体をイヤシロチにしていこうというものです。しかし、そこでは作り手の意識がとても大きな役割を果たします。

 

人の意識が腸内の微生物に大きな影響を与えるように、作り手の意識は土中の微生物に大きな影響を与えます。そして、無事電子を生み出すような土中環境になったとしても、作り手が「我良し」な意識でいる限り、そこで生み出された電子は、作り手によって消費されてしまいます。

 

一方、作り手の意識が発酵(発光)している場合、作り手が生み出す電子も畑に放出され、その畑はイヤシロチへと変わっていきます。そしていつか、畑全体が光り輝くときが来る、そんな夢を持っています。

 

私たちの農法は、まず初めに、自分とどのように向き合い、自分の意識を正していけるか、それが大きな課題となります。

 

(「電子と発酵」終わり)

 

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むすび通信128号(農哲2:電子と発酵②)

2015.7.10発信)

 

○土中の電圧

 

物理的な方法で、電子を捕まえて土中に送り込むという事は、周辺のどこかで本来存在していた電子が奪われることになります。技術の使い方を一歩間違えると、大きなダメージをどこかに生み出します。

しかし発酵は電子を生み出す現象でした。私たちは、土中を発酵菌で満たすことによって、自ら電子を生み出します。

 

○栄養素の吸収

 

では、土中の電圧を高くすることが、どうして作物の育成に良い影響を与えるのでしょう。その答えが静電三法に書かれています。

土中に存在する栄養素を、植物は浸透圧によって根っこから吸収すると言っています。しかし静電三法では、電子が栄養素を運ぶと書いています。空間に電位差が生まれると、川の水のごとく、高きから低きへと電子が流れます。植物の根っこの先端は電位が低くなっています。周りの土中の電位が高いと、そこに電位差が生まれ電子が流れます。

陰イオンは、電子が栄養素を背負っているような状態です。ですから電子の流れと一緒に栄養素も流れていきます。栄養素は植物に取り込まれ、電子はそのまま上昇し、地上から放出されます。

 

電子は一か所にとどまることがありません。絶えず流れ続けています。これが生命の躍動でもあります。流れが止まると、そこは澱みます。

私たちの農法は、既に存在する電子の力を借りるのではなく、自ら発電し、新たに電子の流れを創り出そうというものです。

 

○発光

 

発酵と腐敗の違いについて話を戻します。発酵は電子を新たに生み出すものです。生み出された電子は外に向かって放出されます。そしてその放出は、他の発酵菌にバトンタッチしながらも継続されていきます。電子の放出はエネルギーの放出として観測されます。そしてそのエネルギーの本質は、生命・愛・光です。発酵が極まると発光します。

 

一方腐敗は、電子(エネルギー)を奪う行為です。それは消費であり、そこに存在するエネルギーしか消費することができず、消費し尽くすと周りのエネルギーをとりに行きます。エリアを広げていくことでしか、腐敗を継続させる方法がありません。

 

発酵は与える行為であり、腐敗は奪う行為です。与え続けるとそこはやがて光に包まれます。

 

○人体

 

人体の腸の中は、土中と同じ環境を有しています。様々な微生物が共生し、彼らの仕事をしています。そこには発酵菌も腐敗菌も存在します。そしてどちらの仕事が活性化するかは、人間の意識によって決まります。

 

発酵菌は高い(繊細な)波動を有しています。その波動は人間で言うと、愛や感謝といったポジティブな波動です。ですからその腸の持ち主である人間の意識が、愛や感謝といった高い波動を発すると、その波は発酵菌と共鳴します。共鳴はエネルギーの受け渡し(増幅)であり、発酵菌はパワーを得て彼らの仕事が活性化します。発酵菌の仕事が活性化してくると電子が生み出され、人体は高電圧となってきます。そして電子(エネルギー)の放出が始まります。

人体が高い電位を有していると、それがバリアーとなって、病気といった低いエネルギーの侵入が困難となります。なぜならエネルギーは高きから低きに流れるからです。

 

しかし、いつもポジティブな感情を持ち続けることは難しいことです。生きていく中で腹を立てたり憎んだりといった感情は生まれます。ネガティブな波動は腐敗菌と共鳴するので、腸の中は腐敗へと偏ります。人体の電子は消費され、電位が下がります。

 

しかしそれでいいのです。生きていくことは振動であり、様々な感情を経験するように仕込まれています。大切なのはネガティブな感情を発したその後です。その事実を受け入れ、そんな自分を許し、ネガティブな感情を飲み込んでポジティブなパワーに変えていきます。そのことでエネルギーはさらに高まります。

腐敗を自分の中で完結させることが大切です。

 

しかしそれができないと、自分の中のエネルギーを食べつくし、周りに新たなエネルギーを求めるようになります。周りの人のエネルギーまで吸い取ってはいけません。

 

(以下、続く。)

 

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むすび通信127号(農哲2:電子と発酵①)

2015.7.9発信)

 

○発酵と腐敗

 

「発酵は人間の役に立つもので、腐敗はそうでないもの」という説明を聞いたことがありますが、この定義は正しくありません。

人間を「生き物」や「命」に置き換えると正しいかもしれませんが、発酵も腐敗も、人間が関与しようとしまいと、発酵は発酵であり、腐敗は腐敗です。両者には明確なメカニズムの違いがあります。

 

両者の共通点は、「分子の鎖を切断し、新たな分子を生み出す行為」です。

では違いは何でしょうか。ひとつの定義として、「腐敗とは、特定の一つの(あるいはごく少数の)微生物によって引き起こされる現象であり、発酵とは、たくさんの微生物の連係プレーによって引き起こされる現象である」というのがあります。すなわち腐敗とは「暴走」であり、発酵とは「調和・連携」です。

 

すなわち発酵は、分断によって生まれた新たな分子が、別の菌に引き渡されて次のプロセス(新たな分断)に進みます。しかし腐敗ではそのプロセスが生まれないので、同じ場所で仕事を続けることが不可能となり、横へと新たなエサを求めて勢力を広げます。なので暴走します。

 

また別の定義として、「腐敗は酸化であり、発酵は還元である」というのがあります。酸化と還元には電子が重要な役割を果たします。

 

○酸化と還元

 

微生物が分子の鎖を切ると、分子が二つできます。新たに生まれた分子には、電子に偏りが生まれ、片方が陰イオン(マイナスイオン)、もう片方が陽イオン(プラスイオン)となります。

そして発酵菌は、鎖を切る仕事以外に「別の何かの仕事」をしています。その時のインプットはおそらく水ですが、その仕事の結果として電子が生み出されます。生み出された電子は陽イオンと結合し、この分子を中性にします。その結果、発酵によって陰イオンのみが残ります。還元反応とは電子を得る反応のことです。陰イオンは、他に電子を与えることができるので、発酵によって生まれた陰イオンで満たされた状態は還元力を有します。

 

一方腐敗は、陰イオンから電子を奪い中性とします。その結果、陽イオンのみが残ります。腐敗した後の状態は、電子が欠乏しているので、他から電子を奪います(酸化)。

 

そして私たちは、生命エネルギーの正体は電子であると考えています。なので発酵は生命力を生み出す現象で、腐敗は生命力を奪う現象です。

 

○静電三法

 

次に電子の話しをします。電子を農業で活用する方法が書かれている本が『静電三法(著者:楢崎 皐月)』です。この本は、

「私たちの周りは電子で満ち溢れている」

「(何らかの理由で)電子密度の濃淡(電位差)が生まれると、電位の高いところから低いところに電子が流れる」 とし、

「どのようにして電子密度の濃淡が生まれるかを考察し」

「人間の知恵と技術で電子密度の濃淡を制御し」

「そこに電子の流れを生み出し」

「電子の流れを活用して仕事をさせる」 方法が書かれています。

仕事をさせる場面として、農・工・人体の三つの場面が取り上げられているので三法です。

 

農業においては、自然界に流れている電子の流れを捕まえて、それを技術的な方法によって土中に送り込むことで土中の電位を高め、農作物の生産性を向上させる方法が書かれています。

 

これはこれでとても画期的な内容なのですが、私たちはそのような方法は採用しません。

 

(以下、続く。)

 

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むすび通信126号(農哲2:陰陽と命の原点③)

2015.7.7発信)

 

○神

 

地球を陰と陽で満たすという事は、私たちに降り注ぐすべてのエネルギーの本質は「愛」であり、そのことに気づき「感謝」することです、と言われても、降り注ぐエネルギーには憎しみといったネガティブなエネルギーもありますから、それに感謝することは、なかなか人間には難しいことです。そんなことができるのは神さまくらいでしょうか。

 

では、神さまとはいったい何者でしょうか。

私たちは、神は外にあると感じています。そして辛い時など神社にお参りし、「苦しい時の神頼み」をします。しかし、神は本当に外に存在し、私たちを助けてくれているのでしょうか。

何度も繰り返し出てくる言葉ですが、神は「外」には存在しません。全ては「内」に存在します。そして内に存在する神の正体は、「中真」であると私たちは考えます。中真にはすべてのエネルギーが存在しているので、中真(神)と繋がることで、自分の想い(波)と中真が共鳴し実現化します。想いを実現するのは外にいる神さまではなく、内に存在する神(内在神・中真)です。実現化は自らの力で起こすことができます。

 

しかし、大変なのが中真と繋がることです。その為には、心の硬板層(エゴ)を取り除かなければならず、それは自らの生活をシンプルにして、自分の責任(仕事)と向き合い、丁寧に積み重ねることでした。自分の意識を変える以外に中真とつながる方法はありません。

 

○人類の硬板層

 

人類にも一つの大きな波が存在します。しかし、その波の中に厚くて硬い硬板層(人類のエゴ)を創り出してしまいました。その存在があまりにも厚いので、人類は今、中真と繋がることができなくなっています。

 

中真と繋がらないと、どんどんバランスが崩れ、バランスを元に戻そうという力が生まれます。その力が現象として表れているのが地震や台風といった自然災害です。自然災害は人間の手ではどうしようもないように感じますが、それを生み出しているのが人類です。

 

そしてそのひずみは極限に近いところまで来ていて、一歩間違えると、硬板層を生み出した存在(人類)そのものを消し去ろうという事になりかねません。

 

そのような危険を感じている人は多く、何とかしたいという想いで「○○反対」といった反対運動を実践している人たちがいます。しかし、波動学的にはこれも危険です。「○○反対」の根っこには憎しみのエネルギーが生まれます。○○がなんであったとしても、そのエネルギーは○○のエネルギーと共鳴し、相手のエネルギーを増幅させます。反対すればするほど相手が巨大になっていきます。

○○を消し去る方法は一つしかなく、それは愛のエネルギーによって打消しの法則で消し去ることです。

 

人類の硬板層を取り除くのも、私たち一人ひとりの愛と感謝のエネルギーです。私たちは結局、自分を変えて、自分が生み出す愛と感謝のエネルギーを大きくしていくことでしか、社会を変えることができず、それが一番の近道でもあります。

 

地球(人類)は今、絶体絶命のがけっぷちに立っていますが、人の意識は一瞬で変えることができます。そしてその第一歩が自分の意識を変えることです。一人ひとりが自分の意識を変えていけば、近い将来人類意識のドミノ倒し(バタフライ現象)が起こります。

 

(「陰陽と命の原点」終わり)

 

【感想】

このテーマを書くのはとても怖かったです。内容はきっと、「悟り」という言葉で語られてきたような内容になるだろうと思っていたし、それを言う自分は何様?とも思ったし、実際に悟っているわけでもないので、本当に書けるだろうかという現実的な課題(力不足)も感じていました。

しかし、一番自分で読みたいと思っていたのもこのテーマです。書き始めた時は、何を書くのかよくわかっていなかったのですが、次々にイメージが降りてきて、一気に書き上げました。

書いているときは、自分がこれまで生きてきた全てが試されているような感覚にもなりましたが、良くここまで生き抜いてきたな~と、褒めてあげたい気分にもなりました。

 

最終的な本の原稿としてはもっと内容を精査するべきだと感じますが、まずはここでいったん止めます。

 

本の原稿としては、まだまだ折り返しが近づいてきたところですが、大きなヤマが超えたので、少し落ち着いて続きを書いていきます。

引き続きの叱咤激励お待ちしています。

 

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むすび通信125号(農哲2:陰陽と命の原点②)

2015.7.7発信)

 

○陰陽

 

直線的に見える現象は、実は1点に畳み込まれており、相反する(ようにみえる)性質は、いつも同時に存在します。その代表的例が陰陽です。

全てのモノは、絶えず陰と陽の間で揺れ動きます。陰と陽は合わさって一つの波となります。波の下端から上端へ、上昇するカーブが陽であり、上端から下端へ下降するカーブが陰です。

 

陰とは、「分解・浄化する」現象です。畑では、土の表面に刈った草や落ち葉などが積もりますが、微生物によって分解が始まります。分解はどんどん進み、小さくなった物質は土の中へと運ばれます。物質は小さくなっていきますが、同時にエネルギーは増幅・膨張していきます。この変化のプロセスが「陰」です。

陽とは、「実る・実現する」現象です。陰が極まると物質はすべてエネルギー(波)に姿を変えますが、次の瞬間、陰は陽に転じて、エネルギーの物質化が始まります。そして作物として新たな生命が育ちます。この成長のプロセスが「陽」です。

 

陰が極まった状態では、そこには物質は何も存在していないのに、全ての命を生み出すことが可能となるエネルギーで満たされています。「何もないのに全てがある」状態となります。これが矛盾点であり、命の原点です。

 

○色即是空

 

般若心経の一節に、「色即是空 空即是色」という有名な一節があります。色とはこの世の見える世界(物質世界)を表し、空は見えない世界(エネルギーの世界)を表します。

そして、「色即是空 空即是色」とは「色これすなわち空であり、空これすなわち色である」ということで、もう少し噛み砕くと「色は空であり、空は色である。空は色とは別のものではなく、色もまた空と別のものではない」と言っています。

 

これはまさしく、「何もないのに全てがある」状態であり、農作業において土の中で起きていることをイメージした時、「色即是空 空即是色」を理解することができました。色と空はいつも1対となって存在します。

 

○命

 

命は、陰と陽が1対となることで生まれます。男(陽)と女(陰)が出会う事で、新たな生命が生まれます。種(陽)に水(陰)を与えれば、種は発芽します。

農家は生命を育む仕事です。その為に、土の中を陰と陽で満たします。土が陰と陽で満たされることで、作物は健全に育ちます。

しかし、土自身は陰の性質を持っています。そこに陽のエネルギーを送り込むためには酸素(陽)が必要となります。そしてその仕事は微生物が果たしてくれます。土の中を陰と陽で満たすとは、微生物で満たすことと同じです。

 

陰と陽は振動です。この両者が1対となることで、この振動は円となります。すなわち循環が生まれます。循環こそが命の営みであり、命を未来につなげていくために必要不可欠です。

 

○この世界を陰陽で満たす

 

今を生きる私たちは、この世界を陰と陽のエネルギーで満たす責任があります。それは、私たちに降り注ぐすべてのエネルギーは、「今を生きる」(生かされている)ためであり、その本質は「愛(中真の意識)」であることに一人一人が気付くことです。
そしてそのことに「感謝」するエネルギーを一人一人が自ら放出することです。放出したエネルギーは、周りの人々に「愛」となって降り注ぎ、それが自分に帰ってきます。
 
「愛を受け取り、感謝を放出する」ことが、この世界を陰と陽のエネルギーで満たすことです。それは地球の中真と繋がることであり、この世界の未来を創る(循環する)ことです。

 

しかし、それを実践するのはとても困難です。

 

(以下、続く。)

 

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むすび通信124号(農哲2:陰陽と命の原点①)

2015.7.6発信)

 

○矛盾点

 

地球上で真東にまっすぐ進んでいくと、いずれ同じ場所に戻ります。今の私たちは、地球は丸いという事を知っているので、この話は素直に受け入れられます。しかし、天動説の時代においては、これは非常識でした。常識は時代と共に変化します。

 

それでは、横ではなく、真上にまっすぐ進んでいくと私たちはどこに到達するのでしょう。

宇宙の果てはどうなっているのだろう?そんな疑問は、誰もが一度は考えるこの世の謎の一つではないでしょうか。

 

私たちは、限りなく大きくなった(無限大)その先と、限りなく小さくなった(無限小)その先は、たった1点でつながっていると考えています。そしてその1点を「矛盾点」と呼んでいます。

その1点は、「とても大きいのにとても小さい」点です。それは今の私たちには非常識(矛盾)なので、簡単には理解できません。

 

今、スケール軸で考えましたが、どのような軸でも構いません。その軸がどこまでも続く開放系であったならば、一方向にどこまでも進んでいくことが可能で、いつか安定して止まってしまいます。しかし、その軸の両端が繋がっている閉鎖系であったならどうなるでしょう。ある場所まで進むと引き戻す力が働いてそこから先には進めなくなります。

 

軸上を移動するという事は、その軸が紐であるとして、紐をたぐり寄せるのと同じです。紐が開放系ならばいつまでも引き続けられますが、閉鎖系ならばその引く力は自分を後ろから引っ張る力に変わります。なので前に進もうとすると、自分を引き戻す力が働きます。

 

バランスの話しは何度も出てきました。バランスが崩れると元に戻そうという力が働きます。自然界に起こる現象は、軸が閉鎖系でないと説明できない現象なのです。だから私たちは、矛盾点は存在すると考えます。

 

○中真

 

そして矛盾点の存在は、その軸上に中真が存在することも意味します。矛盾点があるから中真すなわち、バランスがとれる点が定まります。

無限に拡大した先端は中真に戻り、無限に縮小した先端も中真に戻ります。この両端が中真で結ばれるからこそ無限(∞)の可能性が生まれます。中真にはその軸上の全ての存在が畳み込まれているのです。それは、軸上に存在するすべてのモノが中真から生まれたということです。この矛盾点こそが「命の原点」です。

 

中真と中庸は同じです。それは単に物理的な中心を表しているのではなく、その軸上のすべてを飲み込んだ真ん中という意味です。中庸に生きるという事は、異なる考えをすべて受け入れて生きることです。受け入れたうえで自分の立ち位置を決めることです。

 

○時間

 

次に時間軸で考えてみます。時間軸は過去にも未来にも無限に続いているように感じます。

 

しかし実際は、過去も未来も「今」というこの1点にすべて畳み込まれています。過去は記憶の中に存在し、未来は思考の中に存在するだけです。実態は「今」というこの1点しかありません。全ての過去と全ての未来は、「今」の1点に畳み込まれ、全てが「今」に存在します。私たちは、今に生きることで、同時に過去に生きて未来に生きています。

 

未来を変えるには今を変える以外に手段はなく、今を変えれば過去も変わります。

過去を変えると言っても、過去に起こった出来事まで変えることはできません。しかし、過去にとてもつらい体験をしたとして、今の自分がその体験は自分にとってとてもありがたい出来事であったと思えるようになったら、辛い思いをした過去の自分を救うことができます。それは、過去の自分を変えたという事であり、過去の自分も未来の自分も、今の自分が自由に変えることができます。

 

時間軸において「今」というこの1点が矛盾点であり、中真です。「今に生きる」ことが全てであり、過去に囚われたり、未来のことばかり考えていると、中真から外れるので、バランスを崩してエネルギーロスが生まれます。今に生きることが、自分の力を最大限に発揮する方法です。

 

(以下、続く。)

 

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むすび通信123号(農哲2:意識とエネルギー⑤)

2015.7.4発信)

 

○反射

 

人間の身体は、高度な波動発生装置です。良いエネルギーも悪いエネルギーも、どのようなエネルギー(波)も、自由に生み出すことが可能です。しかし、自ら発したエネルギーの行き先を知っておくことは重要です。「旅の恥はかき捨て」ではありませんが、その時の「我良し」で自分勝手な波を発信し続けると大変なことになります。

 

波は必ず反射します。そして反射した先の行き先は「自分」です。エネルギーは必ず自分のところに戻ってきます。「情けは人の為ならず」という言葉があります。情けを人にかけることは、巡り巡って自分を救ってくれる、という意味です。人を助けたい(光らせたい)と思って発したエネルギーは、自らを光らせるためのエネルギーとして戻ってきます。

 

○幻と現

 

運命とは、自分の振動数を選択することだと述べました。振動数とは周波数のことです。そしてテレビやラジオにおいて、ある周波数を選択すると、それまで見えていなかった映像や音声が見えてきます。その周波数で描かれた世界が目の前に展開されます。

 

現実は幻です。私達は意識の周波数の一致生によって現れています。今見えている世界は有るようで無いのです。ただ意識と意識が折り重なって一致している部分が私達の現実となるのです。例えば多くの人がお金に意識が集まることでお金の周波数が強くなりお金を持っている人の意識に呑み込まれて行きます。憎しみの意識は新たな憎しみを生み出し、次第に集まりさらに大きな憎しみを生み出す渦となります。

しかし、その逆も同じことなのです。愛の意識は愛を生み出し集まり渦となる。私たちは元々両方持っています。どの意識に合わせるかだけなのです。今の現実は幻であり幻が現実なのです。

 

(「意識とエネルギー」終わり)

 

【感想】

 

書けた~~

 

「意識とエネルギー」は波動の世界からこの世を見たものです。このテーマは僕は10年以上追求してきました。僕の「地域再生の処方箋」も波動の世界から地域再生を語った本です。なのでたくさんのストックをすでに持っていました。それでも、こうちゃんのメッセージを形にまとめるのは難しかった。

 

こうちゃんのメッセージはシンプルなんです。だから難しい。なので、僕自身がこうちゃんのメッセージを理解していったプロセスを文章化しました。

この内容だけでも相当重たいと思います。きっとこのテーマだけで十分一冊の本になります。それをこの量で納めました。エッセンスだけしか書いていません。でも、皆さんはすでにたくさんの経験値を持っているので、自分の中に共鳴する波を持っているはずです。イメージは何倍にも膨れて皆さんのところに届いているのではないかと思います。

 

ちなみに、最後の「幻と現」はこうちゃんからもらったメッセージをほぼそのまま載せました。それまで書いた文章が、この文章を理解する助けになっていたら幸いです。

 

ところで「第2章 命の原点」は

1節 電子と発酵

2節 意識とエネルギー

3節 陰陽と命の原点

3つの節で構成する予定です。「電子と発酵」はすでにたくさんの文章を書いてきているので、今回は省略して、いきなり2節を書きました。そして何とか書けましたが・・3節が書けない・・それでもチャレンジしてみます。

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むすび通信122号(農哲2:意識とエネルギー④)

2015.7.4発信)

 

○不安定

 

「ワクワクする行動を選択し、実践する」と聞くと、なんかうれしくなります。しかし、「楽しいことだけをしていればよい」ということでは決してありません。

 

波はいつも波打っています。それはとても不安定に見えます。しかし、安定していては何も変化は生まれません。不安定であることが素晴らしいのです。不安定な状況では、マイナスもプラスも両方が存在します。その両方が存在するのでどちらにも行けます。

 

一年が360日であれば、スッキリするのにと思ったことはありませんか。この世には微妙なズレがいたるところに仕込まれています。このズレ(歪み)こそが新たなエネルギーを生み出します。ズレを正そうという力が生まれるからです。無限にエネルギーが生み出される仕掛けがそこに有ります。

 

不安定には限界はありません。そして良い方向にも悪い方向にも自由に進むことが可能です。そして限界がないので、一歩間違えると暴走します。不安定であるからこそ、バランスをとることが重要なのです。

 

○バランス

 

「ワクワクする行動を選択し、実践する」ことは個性を伸ばすことになります。それは木でたとえるならば、枝葉を大きく広げることです。しかし、枝葉だけを大きくしていけば、その木はいずれ倒れます。枝葉を十分支えるだけの根っこを張らなければなりません。

見えないところの根っこを広げることが、枝葉を広げること以上に大切なのです。

 

根っこを広げる方法は、「基本(原点)に返る」ことです。日常を大切にし、生活をシンプルにして自らの姿勢を正すことです。そして主婦は家事を、農家は農作業を、自分に与えられた責任をコツコツと丁寧に積み上げていく行為が大切です。この基本がしっかりと身についた時、「ワクワクする行動を選択し、実践する」ことに大きな意味が生まれます。

 

「見えないところを整える」、それは自分の責任をしっかりと果すことです。木でたとえれば根っこだし、バルーンに例えれば、つなぎとめておく紐です。バルーンだけ大きくなっても、紐が細いままでは、紐が切れてどこかに飛んで行ってしまいます。これが暴走です。しかし、太い紐で支えられたバルーンは、高く上がり、多くの人々を引き寄せる力を発揮します。

 

○夢

 

命を運ぶ道(運命)の話しをしました。しかし、どちらに進むかの選択をするとき、何らかの基準が必要です。進むべき道を定めるために、夢(目標)を持つことは大切です。カーナビの話しもしましたが、カーナビに目的地をセットしなければ、やはり何もメッセージを発しません。

 

しかし、夢に固執してもいけません。夢はあくまで進むべき方向を定めるだけです。方向が定まれば、夢は忘れて目の前のこと(今)に集中します。夢は未来です。未来に意識が向くと、「今」がおろそかになります。しかし、実際には今というこの一点しか存在せず、過去も未来もこの一点にすべて畳み込まれています。未来を変えられるのは今しかなく、夢を実現できるのも今しかありません。「今」に全てのエネルギーを注ぎ込むことが、夢を実現する最良の方法です。

 

○チームプレイ

 

今に集中して、「今なすべきこと」をやりきると、次にすることが勝手に目の前に現れてきます。人は自分一人では何もできません。多くの人々に生かされて今の自分があります。それは多くの人々を生かすために自分が存在するという事です。

 

発酵という仕事は複数の菌のチームプレイで行われます。それは人間の仕事も同じです。複数の人間のチームプレイで行われます。自分の仕事はそのための仕事であり、人の役に立つことこそが本当の仕事です。自分のできることに集中しそれを成し遂げた時、大きな意志によって自分が使われている(生かされている)という感覚を得ることができます。それが中真の意識と自分の意識が共鳴した時であり、次になすべきことが、中真の意識によって、導かれます。

 

複数の人々でチームが組まれると、そこには新たな波が生まれます。その波も変化しますが、その変化はその波を構成する一つの個性の波の変化によって生じます。人類(地球)にも大きなひとつの波があります。そしてその波を変えることができるのは、私たち一人ひとりの波の変化なのです。そして人類の波が変化すると、それを構成するすべての波に影響を与えます。

 

(以下、続く。)

 

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むすび通信121号(農哲2:意識とエネルギー③)

2015.7.3発信)

 

○試練

 

「早寝早起き」は、誰にでもできる最も効果的な行動の例です。それだけですべてが変わるわけではありません。しかし、ひとつの行動を変えると、私たちの目の前に現れる現象も変わることに気づくはずです。

 

私たちは、生きていく為に、たくさんの辛いことを経験させられます。自分だけどうしてこんな目に合わなければならないのかと、神さまを恨みます。しかし、自らに起きることに無駄なことは一つもありません。

この世に存在するものは人間も自然界もすべて、「あるがままの姿」に戻していこうという力が働きます。自然界に有ってはならないモノが存在すると、それを消し去るための虫や菌が現れるように、自分の中に有ってはならない波形が存在すると、その波形を取り除くための試練が現れます。

試練は自分の波形を正すためのサインであり、チャンスです。しかし私たちは、イヤダ!といって目をふさいでしまいます。すると何度も繰り返して、同じ試練が目の前に現れます。

その試練を乗り越えるために、外の波(他人)に頼ってはいけません。一時的にその試練は消えるかもしれません。しかし必ず、その試練は再び目の前に現れます。その試練を生み出しているのは自分の波形であり、その波形は何も変わっていないからです。試練は、自分の波形を変える(正す)以外に、乗り越える方法はありません。

 

試練を乗り越える方法は一つです。

その試練と正面から向き合い(受け入れ)、試練に感謝し、今自分にできることを行動として実践し続けることです。継続が、波形を変える唯一の方法です。

 

○感謝

 

しかし、「試練に感謝」するのは難しいですね。最初は感謝できなくても構いません。今できることを続けるだけでも大丈夫です。でも、自らの意思で自分の波形を変える(試練を乗り越える)ことに成功すると、試練の本質は愛であることに気づきます。

残念ながら、一つの試練を乗り越えても、新たな試練がまた目の前に現れます。しかしそれらの試練はすべて、自分の命を発光させたいという、大きな愛によって生み出されるものです。その愛の存在を感じて、試練に感謝できるようになると、試練を乗り越えるサイクルが早くなります。

試練は最初は辛いだけですが、それを乗り越えていく中で、本来の自分の波形(個性)が表に浮かび上がってきます。すると試練は、その個性を伸ばす方向へと変質し、辛さが消えていきます。

 

○宿命と運命

 

個性は生まれた時からそこに有ります。生まれる時、この肉体と個性を選んで命は宿ります。それは「宿命」であり、変えることはできません。しかし、人は、自らの命が光る方向に進みたいと願い、その道を選ぶことはできます。自らの命を運ぶ道が「運命」です。

宿命とは持って生まれた波形(個性)であり、それを変えることはできませんが、その波の振動数を変える(運命)ことはできます。

 

エネルギーは波ですが、エネルギーの変化は、波形の変化ではなく振動数の変化です。

振動数とは一定の期間の間に何回振動するかということで、その振動数が多くなるほどエネルギーは高くなります。そしてこの世で最も高いエネルギー(振動数)を有する波が「光」です。

自らの命を輝かせるという事は、自分の個性(波形)の振動数を高めていくことであり、どれだけ高い振動数で振動するかは、自分の意志で決めることができる(運命)のです。

 

○道

 

しかし、自らの命を運ぶ道がどこにあるのか、それを探すのは大変です。でも、その答えを「外」に探しても見つかりません。やはり答えはすべて「内」にあります。

 

道はすでに内にあります。しかし、それが宿命と異なるのは、複数存在するという点です。ですから「選択」することが可能です。自分の命を光らせる方法は一つではありません。しかし自分の選択が正しかったかどうか不安です。不安ですが、決断することが大切です。決断したら行動します。

怒りなどのネガティブな感情が、自分の内側に存在するエゴとの共鳴によって生まれたように、決断した行動の波と個性の波が共鳴すると、ワクワクといった喜びの感情が生まれます。その選択が自分の個性に沿ったものであったかどうかは、行動し自らの内面を観察することでわかります。

 

その道が、自分の命を運ぶ道かどうかは、行動してみればよいのです。そして違っていたら別の道を選択しなおせばいいだけです。カーナビは、車を走らせている限り、メッセージを発してくれますが、停車している間は何も発してくれません。

 

(以下、続く。)

 

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むすび通信120号(農哲2:意識とエネルギー②)

2015.7.3発信)

 

○自らを変える

 

世の中を変えるために、周りの人たちに働きかけることは決して無駄なことではありません。しかしそれだけでは同じレベルの人たちとしか出会いません。それは、同じ趣味を有する人たちが集う仲良しクラブと変わらないのです。より多くの人たちにメッセージを伝えたいと願うならば、自らのエネルギーを高める努力が不可欠です。自らの波動を高くすることで、共鳴する人々の輪も広がります。

 

「自らを変える」とは、自分一人の力で意識の実現化を起こすことでもあります。そしてそれは「行動」を起こすことです。行動の本質も波です。ですから、「意識して」「行動する」この二つの波がそろう事で、両者が共鳴し、意識の実現化が起こります。

意識する(考える)だけでも駄目だし、人に言われたままのことを行動していてもダメです。自ら考え行動することが大切です。

 

そして「自らの波動を高くする」とは、中真のエネルギーを表に引き出すことです。それは中真と外の波を共鳴させることなのですが、それをブロックしている存在があります。それが成長の副産物として生み出してきた垢(エゴ)です。

中真と繋がるためには、意識を内に向けて、自らの内側に存在するエゴに気づき、それを一つずつ取り除いていかなければなりません。

 

意識を内面に向け、エゴの存在に気づき、その為の行動を実践する。これが、自らの想いを実現化する最も早い方法です。

 

○エゴを消す

 

では、エゴの存在にどのように気づけばよいのでしょう。ひとつの方法は、自らの感情を客観的に観察することです。悲しみや憎しみなど、様々な感情を私たちは日々生み出していますが、それらの感情が生み出されるのには理由があります。そしてその理由は外からもたらされたように感じます。しかし、外からやってきた波と同じ波形の波が自らの内面に存在するため、両者が共鳴して、感情という結果が現れます。外からやってくるように見える感情が生まれる理由は全て自らの内にあります。

特にネガティブな感情が湧き上がった時はチャンスです。意識を内に向け、その感情が生み出された根っこに何が存在するのかを観察します。

その存在に気が付いたら、次はそういう自分を受け入れます。そんな自分を自ら許してあげることです。気づきと許し、この二つがセットになると、真逆の波動が生み出されます。すなわち「打消し」によって、そのエゴは消えます。

 

○波形を正す

 

しかし、エゴを消していくだけでは、まだ中真と繋がることはできません。波のノイズを消していくことと波形そのものを変えていくことは別なのです。自らの波形を正し、中真の波形と外の波形を近づけていくことによって、この両者は共鳴し、中真のエネルギーを表に引き出すことが可能となります。

 

人はこの世に生まれた時、それぞれ固有の波形を持って生まれてきます。それを個性と言います。波形を正すという事は、本来の自分の波形に戻していくことでもあります。あるがままの自分になること、自分らしく生きることが、中真と繋がる方法です。

 

しかし私たちは、本当の自分の姿を知りません。どうすれば「自分らしく生きる」ことになるのかがわかりません。そんな時こそ、「基本(原点)に返る」ことが大切です。そして生きる原点は、日常の生活にあります。「起きて・食べて・働いて・寝る」この基本動作を正すことです。正すとはシンプルにしていくことです。自然のリズムに合わせて生活のリズムを刻む。早寝早起きをする。感謝して食事する。自分に与えられた仕事に集中する。そんな生活を続けることです。

 

○継続

 

早寝早起きを実践するだけで、外の波形は、本来の波形に向かって変化していきます。それは「繰り返す」ことで変えることができます。

今までしていなかったことをしようとした時、最初はしんどいものです。その時の自分の波形と違う事をしようとするからしんどいのです。しかしそれでも続けます。続けていくと、そのしんどさが少しずつ薄らいできます。気が付くと、その行動は自分にとって当たり前の行動となっています。この時、顕在意識で生み出された波形が、行動によって潜在意識にすりこまれ、潜在意識の波形そのものを変えたのです。「継続は力なり」です。

 

(以下、続く。)

 

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むすび通信119号(農哲2:意識とエネルギー①)

2015.7.2発信)

 

***

これまで発信してきたレポートは、「第1章 農(自然)から学ぶ真理」の原稿でした。1章はまだ完成していませんが、しばらくは「第2章 命の原点」に関する原稿を「農哲2」として発信します。一気にこうちゃんワールドの世界に入っていきます。僕自身、どこまでこうちゃんについていけるか不安ではありますが、書けるところまで頑張ります。

***

 

○意識の構造

 

私たちが普段、意識している「意識」は顕在意識と呼ばれています。そして、意識していない意識も存在していて、それを潜在意識と呼びます。さらに、それらの意識の中心に、全ての意識をつかさどっている意識が存在し、それを超意識と呼びます。

これらの意識の階層(構造)は、地球の構造と似ています。地球の核が超意識で、マントルに該当するのが潜在意識、そして地表(地盤)が顕在意識です。

 

全てのことは表面で起っているように感じますが、実際はさらに深いところで物事は起っており、それが結果(現象)として表に現れているにすぎません。今起きている現象を変えるためには、意識を中心に向かわせて、深いところの意識を変えなければなりませんが、私たちは現象にとらわれてしまいます。するとそこに錨をおろしてしまい、まっすぐ前に進んでいるようでも、実際は同じ場所をぐるぐるとまわっていて、そこから抜け出せない状況となります。

 

○本質は波

 

意識とは何でしょうか。意識は人間が発するエネルギーであり、それは波(波動)です。

そして量子力学では、全ての物質には波の性質を有していることが証明されています。すなわち、この世に存在するすべてのモノの本質は波であると言えます。

 

波は振動ですが、とてもシンプルな性質を持っています。それは「打消しと共鳴」です。

「打消し」とは、真逆の波形を有する波が出会った時、そこには最初から何もなかったように消えてしまう事です。そして「共鳴」は、同じ波形を有する波が出会った時、お互いが影響しあい、さらに大きな波を生み出すことです。

 

意識の実現化は、この共鳴現象によっておこります。

 

○中真

 

意識の中心に存在する超意識は、全ての人類の意識と繋がっていると言われています。それは、全ての情報と繋がっているという事でもあり、答えはすべてそこに存在します。すなわち、個人のレベルの意識ではなく、全体意識であるともいえます。

 

それは、地球の核と同じでした。ですから本書では、超意識のことを「中真(中心)の意識」と呼ぶこととします。中真には全てのエネルギーが集められています。そこには「全て」が存在します。そしてその本質は、「愛・歓喜・幸せ」です。

赤ちゃんは生まれてくるとき、歓喜のエネルギーのみに包まれて生まれてきます。これが中真のエネルギーです。そして肉体の成長とともに、その周りにいろいろな意識の層が塗り重ねられていきます。

 

○意識の実現化

 

意識の実現化は、共鳴現象によっておこります。

何かを成し遂げたい(成功したい)と思った時、私たちは顕在意識(外)でそのことをイメージします。しかし、一つの波だけではその実現化は起りません。

別の波、すなわち内なる意識と共鳴させることが必要です。中真には全てのエネルギーが存在しました。ですから、中真の意識と共鳴させることで実現させることができます。

 

しかし、外と中真の間には、潜在意識が存在しました。外と中真はダイレクトにはつながっていません。ですから、成功のイメージを実現化していくには、まずそのイメージを潜在意識にすりこんでいく必要があります。

意識の実現化のためには、意識を「内」に向かわせることが必要です。

 

しかし私たちは通常、意識の実現化のために、意識は「外」に向かいます。外の外には別(他人)の意識があります。もちろんそこにも波はあるので、同じ想いを持つ波(人)どうしが共鳴すれば実現化が起こります。そして「同じ想い」が多く集まれば集まるほど、エネルギーは増幅され、実現化のスピードは速くなります。

 

同じ想いを持っている人たちは、同じ波形を持っている人たちです。同じ波は引き寄せあいます。これが引き寄せの法則です。この世の出来事は、概ね人と人の共鳴現象によっておこります。しかしそれは、良いことも悪いことも起こる世界です。

この世を、中真のエネルギーで満たされた世界にしていきたいと願った時、これだけでは不十分なのです。世の中を変えたいと願えば、自分の意識を内に向かわせて、自らを変えることが必要となります。

 

(以下、続く。)

 

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農哲学の本

現在、著者取材中!(笑)にて、むすび通信お休みしていますが、ぼちぼち再開・・・

ここで、本の予告です。

現時点での構成案

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(仮)『農哲学 ~すべての原点はココにある~』

はじめに
第1章 農(自然)から学ぶ真理
第2章 命の原点
第3章 私たちが実践する農
第4章 地域を変える
資料編 
おわりに
ーーー

これまで、むすび通信107号~118号で発信してきた原稿は、第1章です。・・・まだ、もう少し書く予定。
農作業を通して見えてくる世界(真理)の断片を拾い上げながら、そこから何を学べるかを解説してきました。

しかし、そこで見える真理はあくまで断片的なもの。
それらをピースのようにつなぎ合わせていくと、そこにはどんな全体の姿が見えてくるのでしょうか。
それを第2章で書きます。

電子と発酵/意識とエネルギー/陰陽と命の原点

を予定しています。

2章の原稿は「農哲2:***」として書いていきます。

そして3章は、私たちの農業を紹介します。

米/野菜/柑橘(みかん)/愛と感謝の循環農法

を書きます。

4章は、農を通じた地域変革への取り組みを書きます。

みかん精の楽光/菜果村構想

です。

お楽しみに~~

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